ごきげんよう

こんにちは。霜月となりました。
和暦では、冬が静かに立ち上がる頃とあります。
日本の国の『四季』の移り変わりに慣れて来ました私達には、近年の『大雑把な移り変わり』に残念感を抱いている人も多いのではないかと思います。四つのブロックではなく、もっときめ細やかな〝自然のひだ〟として存在していた、そんな感覚を思い出させてくれるのが『和暦』だと思います。
和暦を時々、読書する様に読んでみようと思う時が御座います。二十四節気と七十二候があり、これからですと、立冬、小雪、大雪〜その間に「山茶花始めて開く」「金盞花咲く」など、まるで詩の様に季節が刻まれています。そして、今日から霜月11月です。霜月は、其れ等の移行の繊細さを最も感じられる月ですが、年の終わりに向けた加速の直前の『まだ焦らなくて良いですよ』と教えてくれている月の様にも感じますし、全体を通して、古の人びとが、空気、水、光の移り変わりを繊細に聴き取って形にした「日本特有の時間の器」だと私は感じています。
今やデジタル時計やお金の流通まてもが数字に追われて管理されていますが、『和暦』は数字ではなく言葉で季節を刻む、数字を減らし、文字とイメージで季節を感じさせてくれます。そこには、日本という土地で働いたり暮らしたりしている人間が、本来どのような速度で判断し、動き、蓄え、手放し、次へ進んでゆくべきなのか、その答えを導く“最適なリズム”が封じ込まれているように思うのです。和暦こそ「日本で最も蓄積された自然情報のデータモデル」です。
霜月は、年の末の“加速”の手前です。ただし、ここはまだ「急ぐ時」ではありません。むしろ、この一ヶ月は〈静かな助走〉の月であると理解してみるのも良かろうと感じます。経営者様に於かれましては、今年行った意思決定をただ一つの軸で振り返り『余白』の点検をなさると良かろうと考えます。埋めるだけではなく、残す行為も大切であります。残した、残された余白が、小さな偶然を育て、大きな縁を連れてきます。霜月は、その余白の価値を、そっともう一度思い出させてくれます。
霜月は年末のバタバタ狂騒劇の手前です。静かに冬支度を整えながら、今日の空は『今日の空』、今日の寒さは『今日だけの寒さ』。そう捉えますと自分の生活の〝ひだ〟を深く感じ取れそうです。
今朝ほどは『湯気を眺める時間』がございました。霜月が本来持っている『滋味』を喜んで受け取りましたよ。 2025.11.1 by tayu