ごきげんよう
東西明王堂より新年のご挨拶でございます
お正月早々に地震や山火事や他国のことではありますが大きく報道されている事等等、たいへん騒がしい年明けとなりました。少し前なら、テレビからは『春の海』の音色が流れ、ご馳走を戴き少し胃袋や肝が驚くほどワイワイ食事をして、早く正月気分から脱して〜なんて言う世の風潮でした。お正月だけ時間が止まっていた様な、そんな気分でいました。しかし、今や日替わりメニューで心がピクつく出来事ばかりが起きてしまう事に、時代が超スピードの流れを作っていると否が応でも感じてしまいます。
① 情報に“心まで持っていかれないこと”
出来事そのものよりも、
過剰な速報・感情的な言葉・不安を煽る表現が心を消耗させます。
知ることと、浸かることは違います。
「今日はここまで」と情報から距離を取る勇気を。
② 早さに合わせすぎないこと
世の中は「早く・多く・強く」を求めますが、
人の心はそうではありません。
考える速度、感じる速度、回復する速度は人それぞれ。
自分の“間”を乱されないことが大切です。
③ 不安を一人で抱え込まないこと
騒がしい時代ほど、人は静かに孤立します。
言葉にする、誰かと共有する、それだけで心は整います。
小さな会話、小さなつながりを大切にして、繋がりの中に飛び込む勇気を持ちましょう。
④ 「日常」を侮らないこと
特別な出来事よりも、
温かい食事、何気ない挨拶、いつもの場所。こうした日常こそが、揺れる時代の“錨(いかり)”になります。「日常」ほど忘れられやすいものはありません。余りにも身近で余りにも当たり前で、意識しなくても回ってしまいますから、視界の外に追いやられてしまいます。しかし、人間として、人生を時々刻々と紡いでいる自分自身として、「日常」こそが全ての土台なのではないかと考えます。
今の時代、
難しそうな言葉
大きな主張
鋭い意見や情報への賛同
其れ等に関わっていることが、さも今を生きている様に錯覚されがちです。しかしそれは、『生きている感じ』がするだけで、実際に生きている場所はもっと足元にあるのかもしれません。
朝起きて、顔を洗って、誰かに挨拶して、ご飯を食べて、仕事をして、小さな気遣いをして、また、1日を終える〜その積み重ねがなければ、どんな理想もどんな主張も、『宙ぶらりん』となりましょう哉。
日常は主役ではなく『背骨のようなもの』。見えないけれどもこれが無ければ立っていられないのです。2026年は「何が起きるか」よりも「どう心を置くか」 が問われる年になる気がします。
2025.1.12 by tayu
私達もご挨拶させていただきまする〜ワン